高瀬川
「船入」というのは舟着き場ということであるが、この石柱の建っている辺りは高瀬舟が、物資を積み下ろししていたところである。安土桃山時代の海外貿易家、角倉了以が14年かけて拓いた川で、慶長19年に完成した。了以は文禄元年に秀吉から朱印状を渡されて海外貿易を行い、高瀬川のほかに大堰川、富士川などの開発にも力を尽くした。現在堀割の規模は、東西20メートル、南北6メートルとミニサイズだが、当時は東西約85メートル、南北10メートルという船入だった。高瀬川といえば、森?外の歴史小説「高瀬舟」が思い起こされる。はじめのうちは、お役人と運ばれていく罪人という関係だった二人が、川を下っていく間に心通うものがあり、そんな心の流れが、川の流れと共にしみじみとあらわされている名作である。?外の、この高瀬川への思い入れもひとかたならぬものであったであろう。高瀬川の東にある木屋町は名前の通り昔は材木屋さんが軒を連ねていたところである。
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